「吾妻渓谷の水没区間を行く」
[2013/9/9]
今年の夏も終わりに差し掛かった頃、18切符が一日分だけ余っていたので何処かぶらっと出かけることにした。
ということで、今回は吾妻線に乗車しようと思う。
吾妻線 [高崎~大前]
吾妻線は関東平野の末端から深い山間部へ入っていく全長55.6kmのローカル線で、沿線には多くの温泉が点在する。
起点は上越線と接続する渋川だが、普通列車は全て高崎まで直通している。
草津温泉の最寄駅もあり、上野から特急草津が直通で乗り入れている。
18切符最後の一回分を使い、僕は自宅から列車を乗り継いで高崎へやってきた。
吾妻線の普通列車は、湘南色の115系とロングシートの107系が運用についている。
これは両毛線の115系。最近手入れされたばかりなのか車体がピッカピカに光っている。
対して向かい側に停まっていたのは、すっかり汚れてくたびれきった表情の107系。
吾妻線の主力は115系だが、107系は1日2往復のみの運用となっている。
15時10分発の大前行き普通列車は定刻通り高崎を発車した。
しばらく上越線内を進み、渋川から吾妻線に入る。
渋川を出るとすぐに車窓が閑散とし始めた。
上越新幹線の線路をくぐり、進行先に山々が目前に迫ってくる。
祖母島駅を過ぎると吾妻川を渡り、終点までほぼ川の右側に沿って走る。
水没区間
本格的な山間部に入り、岩島駅からは最も谷が深いところ(吾妻渓谷)を進んでいく。
この区間(岩島~長野原草津口)は、現在建設中の八ッ場ダムが完成したとき水没することが決まっている。
付け替えられる新線区間は長大なトンネルなので、あまり面白みがなくなってしまうのが残念だ。
そして、吾妻線の名物「日本一短いトンネル」の樽沢トンネルをくぐり抜ける。
全長僅か7.2m。短すぎて車内からではよくわからないが、外から眺めると面白いらしい。
このトンネルも、水没はしないものの新線付け替え後は列車が一切通らなくなる。
深い渓谷の中を縫うように走っていく。
川原湯温泉駅を出るとすぐトラス橋を渡り、車窓には渓谷美が広がる。
川原湯温泉駅上に建設中の湖面1号橋に続き、巨大な不動大橋(湖面2号橋)の下をくぐる。
橋の異様な高さ(86m)が、後に形成されるダム湖の規模の大きさを物語る。
ダムが完成すると、この辺りは水面から約50mの湖底に沈んでしまうのだ。
脇に建設中の新線が近づいてくると、草津温泉の最寄である長野原草津口駅に到着となる。
溶岩ドームだろうか、線路向こうの山に何かこんもりしたものが見える。
あの断崖絶壁の上には、かつて戦国時代に丸山城という城があったそうだ。
吾妻渓谷を過ぎるとトンネルが多くなり、静かな山里の中を進んでいく。
大前駅
やがて17時前に、列車は定刻通り終点の大前駅に到着した。
単線ホームの無人駅で、関東地方では最西端の駅になる。
多くの列車は一つ手前の万座・鹿沢口止まりで、この終点の大前には1日5本しか列車が来ない。
駅前には民宿が一軒あるが他は何もなく、辺りは静寂に包まれている。
駅のすぐ横に、これまでずっと並行してきた吾妻川が流れている。
折り返しの列車が発車するのは20分後だが、特にやることがないので橋の上から渓流を眺めた。
駅周りは山の中だが、何処か最果てに来たような味わいがある。
キリのいいところで駅に戻り、ホームの先にある車止めを見学。
線路が半ば茂みの中に食い込むようにして敷かれており、末端にはバラストが盛ってあった。
かつてはこの先にある鳥居峠をトンネルで抜けて、信越本線の豊野駅まで延伸させる計画があったらしい。
しかし地熱地帯に長大トンネルを掘るのは困難であったため、延伸計画は未着工に終わっている。
何ともいえない物侘しさと哀愁が漂う大前駅。
華やかさはないものの、静かなる終着駅としての威厳が漂っている。
ダム工事や新線建設で沿線風景は移り変わりが激しいが、そんな喧騒とはまるで無縁のようだ。
日も暮れかける中、折り返しの列車に乗り元来た道を戻って帰宅した。
ダム完成は少なくとも数年後のようだが、新線の方は着々と工事が進んでいた。
水没区間の車窓は素晴らしく、あの渓谷美が今後見れなくなってしまうのは残念なことである。